どちらでもない場所で、息をする — Either Side | 1時間417Hzシンギングボウル
どちらも選べない夜がある。左右から交互に響く二つのボウルに、吸う息と吐く息を同じ長さで重ねていくと、どちらへ向かっても息は同じ歩幅でついてくる。
どちらでもない場所で、息をする
昼と夜のあいだ、眠りと目覚めのあいだ。わたしたちはいつも、何かと何かの「あいだ」に立っている。417Hzのシンギングボウルが響かせるのは、そのどちらでもない場所にそっと腰を下ろすための音だ。
境界線の上で、揺れずにいる
「Either Side」というタイトルには、二つの側面、二つの選択肢、二つの感情のあいだで揺れる人間の姿が映っている。どちらを選ぶべきか、どちらが正しいのか——そんな問いに疲れたとき、わたしたちはしばしば自分を見失う。でも本当は、どちらか一方を選ばなくてもいい瞬間がある。
417Hzの周波数は、古くから「変化を促し、滞った感情を手放す」音として扱われてきた。ボウルの倍音がゆっくりと空間に広がっていくとき、それは「こちらでもあちらでもなく、ただ今ここにいる」という感覚を連れてくる。左右から交互に響く二つのボウルに身を任せ、判断をそっと手放す余白こそが、このトラックの贈り物だ。
息を吸うとき、わたしたちは外の世界を一度自分の内側に取り込む。吐くとき、その境界はまた外へと溶けていく。吸うと吐くのあいだにも、小さな「either side」がある。左右を行き来する響きに導かれ、吸う息と吐く息が同じ長さで、同じ速さのまま静かに整っていく。
静かな独立性を取り戻す
誰かの期待や、社会の正解に合わせて自分を分割し続けると、人はいつのまにか「どちらの自分が本当か」分からなくなる。SUMMARUが大切にしているのは、そうした分裂を無理に統合することではなく、ただ静かに自分自身の重心に戻ること。
ボウルの音には、誰かを説得したり、何かを証明したりする意図がない。ただ鳴り、ただ響き、ただ消えていく。その潔さが、聴く人の中にある「自分の軸」を思い出させてくれる。どちら側にも属さず、ただ自分のまま在ること。それは孤独ではなく、静かな独立性だ。
息の両端のあいだに、本当の自分が立っている。
どちら側も選べない夜があるなら、左右に渡るこの響きに身を委ねてみてほしい。1時間、ただ響きに耳を澄ませるだけで、心の重心がゆっくりと戻ってくるのを感じられるはずだ。
SUMMARU